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「ねばならない」という悪魔 -論理療法、認知療法- 

「ねばならない」という悪魔 -論理療法、認知療法-
です。


激しい感情に振り回されたり、
もう駄目だと、とんでもないことだと、
恐ろしいことが起こると言う思いが
湧いてくる根底には、「ねばならない」
という考え方が関わっている場合が多いです。

少なくとも言えることは、
「ねばならない」「~であるべき、~すべき」
「~で当然」というのがかなり危険で注意
ということです。


「ねばならない」と意識的にも
無意識的にも思うことは、
自分や環境に命令している
ことなんですね。


期待や願望だとまだしも命令だと、
命令された側は必ず聞くとは限らない
ですよね?

そうなるときついですよね?


自分ですら命令は聞けないのに、
他人や環境、ました宇宙は・・・
なおさらですね。


台風に来るなと命令しても
聞き入れられないですよね。


こういうことを僕もですが
ついついやって
しまってるんですね。


このそうあるべきだという、義務を
強いるような考えが自分を苦しめる
大きな要因である可能性が高いんですね。


こうあるべきが崩れたときにイライラする。
理不尽な憤りを感じる。この義務ができない
自分は、相手は駄目だという思いや感情に
繋がりやすいんですね。


心の根底に、自分はこんだけやったんだ。こんなに
苦労したんだ。だから~すべきだ。いや、そうならない
といけない、というのがこびりついていると厳しいことが
多いです。


心の奥底での「~すべき」が特に手強いんですね。


それでいくと、

口では「~したい」と願いつつ、
心では「~したいとい願いが叶うべきだ」
と命令していたりする。

これが引き寄せの法則でよくある
失敗パターンでもあると思います。


知らず知らずですが、宇宙に命令
してしまってる。そりゃ宇宙も
そっぽを向くって話です。




一方、交流分析的に見ると
「~ねばならない」はCP(批判的な親)
からの汚染という気がします。


「~ねばならない」という命令が崩れた
ときのことを考えたときの強い不安の
感情はC(子ども)の汚染に関係するの
かなと思います。


べき論がくずれた後の、例えば、面接に受かるのは当然
と考えていて、落ちたなら
ああ、もうどこも雇ってくれるところがない、
絶対一生ニートだという類の汚染がCのものですね。


こういった汚染も、環境の影響を
受けたとしても自分でやったこと
なのだそうですね。

でも、自分でやってしまった
ということは、自分でまた
修正できるということでも
あるんですね。


自分である程度変えて
行けるというのが、自分で再決断
ということにも繋がりそうです。


汚染解除の意味でも、論理療法は
有効だと思います。



「~ねばばらない」の力に
対抗するには・・・


「~したい」「~だったりいいなぁ」
という期待、願望と「~すべき」などの
命令を区別することが大事です。


意識ではできているつもりでも、
「~であるべき」という思いは
かなり根深いので注意が必要です。


命令してしまっていることに
気づいていくこと・・・からですね^^

命令は手放した方が良さそうです。



論理療法について詳しくはこちら↓↓

どんなことがあっても自分をみじめにしないためには―論理療法のすすめ




命令の他についやってしまうクセに↓↓

アダルトチルドレンセルフスタディキット


こちらも参考にどうぞ↓↓

幸せな恋愛・結婚生活・人間関係を引き寄せるための 心のデトックスマニュアル



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交流分析とACの知識による癒しと勇気づけ:人生の再出発>「ねばならない」という悪魔 -論理療法、認知療法-

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